◆3回目の止血
もう、あまりに痛く、体力と精神の限界。
鼻の中をズリズリ往復したガーゼはもう4往復から先は数えられなくなっていた。
先生も、精神力が限界と察したのか「バルーンに変えます」と
風船を持ってきた。鼻腔の空間内に風船を膨らませ、止血するアイテムだ。
なるほど、と思った。
まあ、出血がひどいので先生たちも大あわて
大急ぎで準備している。
同科の上司と思しき先生が様子を見に来て、医師の彼は報告していた。
30代半ばと思われるまだ若い医師であるが、
彼に対して、50すぎの看護師のおばちゃんが小さい声で
「ちゃんと報告したんだね、エライエライ」とつぶやいたのを聞き漏らさず
主治医の選択を間違えたなあ、とここで確信した。
だが、上司先生は行ってしまった。ここで交代してもらいたかったくらいだ。
きっと、バルーンで止めるので大丈夫です、とでも言ったのだろう。
院内での彼の扱われ方、ポジション、いろんな人間模様が、こんな緊急時に
一気に見えてくる。大手医大病院からの派遣が多い総合病院だが、
耳鼻科医も派遣である。
「ああ・・・」とため息を付いて悔いたが、とにもかくにも、
血を止めるのが優先である。
バルーンが用意できた。
一気に挿管して、膨らまし始めたのだが、ここで異変だ。
これって差し込みすぎじゃね?
バルーンが、喉元まで来て、それから膨らみ始めたのだ。
呼吸ができなくなり、窒息寸前まで行った。
もがきながら、看護師さんの手をバシバシ叩いて主張しながら
残されたわずかな隙間から「息が、息が止まる、のどのど!」
と絞り出して、状況を伝え、ようやく、バルーンは一旦空気が抜かれた。
「殺す気ですか!」といいかけたが声がでず。
彼らはスミマセンともなんとも言わず
すぐに一旦血液吸引してバルーン第二トライ。
通算4度目の止血。
今度は無事適切と思われる位置に置かれて、無事、止血は完了した。
自分の興奮冷めやらぬ状況で、先生が淡々と経過説明をはじめて、
ぶん殴りたくなったのが本音だが、それよりも涙と血とヨダレに加えて
汗ダラダラで、体中の液が吹き出しているところでそんな元気もなく
看護師さんに拭いてもらいながら、説明を聞き終わり、病室に戻った。
あれだけ、死の崖っぷちまでいった騒ぎのあとなのに、
もう、ポツーン。
なんなんだ。この病院のドライ感。こんなもんなのか。
一度だけ先生が様子見に来て、30秒と居ない間にまた行ってしまった。
ドライすぎる。
それから、苦しい夜が一晩中続いた。
何かをする気にはなれない。
真夜中に、また再出血して止まらなくなったら、と
不安に苛まれて、一気にネガティブモードの俺。
人生、やり残したこといっぱいあるなあ。
あれやっとけばよかったなあ。
妻や子供たちに申し訳なかったなあ。
いろんな想いが頭の中をよぎる。
横になっても、斜めでも苦しく、結局
ほぼベッドを垂直に近いくらいにたてて
一晩中起きていた。時々気を失って2時間程度くらいは
眠ったかもしれない。だが、何度目覚めても、時間は進んでなくて
早く朝が来てほしいと心から願った。